「間に合わなかった」——そう電話口で報告を受けたとき、全身の血の気が引いた経験があります。
助産師として働いていると、年に数件は**車中分娩(院外分娩)**の事例に遭遇します。その多くは幸い大事に至らないのですが、そのたびに「妊婦健診での指導はこれで十分だったのか」と自問します。
今回は、私が実際に経験した車中分娩の一例を振り返りながら、妊婦さんとご家族に知っておいてほしいことをお伝えします。
夜中の電話「陣痛間隔が3分になってしまいました」
その日の深夜、経産婦さんから電話がかかってきました。
「実は…夜中から陣痛があったんですが、夫が仕事で疲れているので起こすのが申し訳なくて。気づいたら間隔が3分になっていました」
3時間、一人で我慢していたのです。
経産婦(すでにお産の経験がある方)は、初産婦と比べて分娩進行が速いことが多いのが特徴です。「間隔10分になったら電話して」とお伝えしていたにもかかわらず、気を遣って連絡が遅れてしまった。
私はすぐに「今すぐ来てください!」と伝えましたが——。
到着したのは車の中にいる赤ちゃん
病院の前に車が到着したとき、助産師が駆けつけると、車内はすでに赤ちゃんの産声で満ちていました。
赤ちゃんは元気に泣いており、チアノーゼもありません。まずそれだけで胸をなでおろしました。
すぐに行った処置がこれです:
- 臍帯を2箇所、鉗子で止める(コッヘル鉗子を2本)
- 臍帯剪刀で切断する
- 赤ちゃんを抱いて院内へ運び込み、保温・状態確認
赤ちゃん自身は問題なく、体重・呼吸・チアノーゼすべて正常範囲でした。
車内は羊水と血液まみれ。胎盤はまだ娩出していなかった
院内に赤ちゃんを運んだあと、お母さんの状態を確認すると、胎盤はまだ娩出していない状態でした。
お母さんを車から降ろし、分娩室へ。胎盤娩出と後処置を分娩室で行いました。
一方、車内は……羊水と血液で床も座席も汚れていました。これはご家族がご自身で対応するしかなく、本当に申し訳ない気持ちになります。
経産婦の分娩進行は「想像より速い」が大前提
なぜ今回のようなことが起きるのか、助産師の視点で整理します。
経産婦の分娩進行は速い
初産婦では子宮口が全開大するまで平均10〜12時間かかることもありますが、経産婦ではその半分以下になることも珍しくありません。
陣痛開始から分娩まで2〜3時間というケースも十分あり得ます。
夜間は特に要注意
「家族が寝ているから」「夜中に電話するのが申し訳ない」——こうした気遣いが、連絡を遅らせます。夜間の静けさの中で一人で陣痛に耐えていると、「もう少し」「もう少し」と時間が経ってしまいます。
本人が「まだ大丈夫」と思いやすい
経産婦さんは一度分娩を経験しているため、「前回はもっと長かったから」という感覚でいることがあります。しかし経産は進行が速いため、前回の経験が逆に油断につながることがあります。
年に数件ある「院外分娩」の実態
助産師として複数の施設で働いてきましたが、院外分娩(車中・自宅)はどの施設でも年に数件は起きていました。
多くの場合:
- 赤ちゃんは元気に産声を上げている
- お母さんの状態も大きな問題はない
- 後処置を病院で行えば大事には至らない
とはいえ、冷静に対応できるまでの数分間は、本当にヒヤヒヤします。
臍帯巻絡がある場合、赤ちゃんの状態が急変した場合、胎盤早期剥離の可能性がある場合——思い浮かべるだけで血の気が引くような事態のリスクは、院外で出産すると確実に高まります。
妊婦健診での指導を見直すきっかけになった
この事例のあと、私は自分の健診指導を振り返りました。
「間隔10分になったら連絡してください」——この伝え方だけで十分だったのか、と。
今では、こんなことも付け加えるようにしています:
「経産婦さんは進行が速いので、10分を待たずに陣痛が来たら、夜中でも遠慮なく電話してください。ご家族も、妊婦さんが我慢していないか気にかけてあげてください」
指導の内容だけでなく、「気を遣わなくていい」という許可を与えることが大切だと感じるようになりました。
助産師として感じること
車中で生まれた赤ちゃんを見たとき、「無事でよかった」という安堵と、「院内で迎えてあげたかった」という悔しさが同時にきます。
医療介入が必要な分娩だったとしたら——そう考えると、今でもぞっとします。
毎回「大事にならなくて本当によかった」と思いながら、「次は防げたかもしれない」と自問する。それが助産師としての学びでもあります。
まとめ
車中分娩・院外分娩は、経産婦に多い「想定外の速さ」によって起きます。
- 経産婦は進行が速いため、陣痛が来たら早めの連絡が重要
- 夜中でも、家族への遠慮より安全を優先してほしい
- 10分間隔を待たずに、「なんとなくおかしい」と感じたら即電話を
助産師として妊婦さんに伝え続けること——それが、車中分娩を防ぐ一番の方法だと信じています。